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SONOTA.NET.BLOG

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野村忠宏が現役引退を表明、引退後の道や現役時代の逸話

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柔道・野村忠宏が引退会見「豪快に1本負けしてスッキリ」

前人未到の五輪柔道3連覇を果たし、29日に兵庫県尼崎市で行われた全日本実業個人選手権で現役を引退した野村忠宏(40=ミキハウス)の会見が31日午後、大阪市内のホテルで行われた。多くの報道陣が詰め掛ける中、野村は「最後負けてはしまいましたが、豪快にぶん投げられた40歳の柔道家に対して、激励のお言葉をかけてもらえたのは一番うれしい」と述べ、終始さわやかな笑顔を見せていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150831-00000001-wordleafv-fight

全日本実業柔道個人選手権、本当にお疲れさまでした。最後は負けてしまいましたが、それまでは優勝するかもしれないほどの気迫が感じられて、本当にこれで引退するのかと思うと正直もったいない気持ちがありました。

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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150831-00000001-wordleafv-fight.view-001

負けた時の気持ちにも触れ「豪快に1本負けしてすっきりいたしました。寝そべってすぐに立つことができなかったんですけど、うまく投げられた瞬間、豪快に投げられたなあというのが頭をよぎり、これで真剣勝負の戦いが終わったんだなあと少し寂しい気持ちにもなりました」と続けた。 

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やはり40歳という年齢は隠しきれませんでしたね。しかしあの1本は野村忠宏にとって奇麗にきめられたからこそ、潔く引退を受けいられたのだと思います。

引退会見では終始笑顔だった事がその証拠ですね。そして気になるのが引退後の活動ですね。

野村忠宏が現役後の活動は?

オリンピックにかかわっていければ
報道陣から出た「将来のビジョンは?」という問いには「3歳から37年間柔道と向き合ってきました。弱かった子供時代、夢を持って努力し続けた少年時代。大学で細川先生に出会ってチャンピオンに育ててもらってチャンピオンとして戦った最強の時代。3連覇して、それでも柔道を続けたいと苦しみ続けた時代、柔道を通していろんな経験をしたし、いろいろ乗り越えてきた。これから若い選手、世界を目指す選手らに技術を含めて伝えていきたいし、心の中に柔道が大好き、柔道への愛、楽しさ。これは自分のじいちゃんに教わったものなんで、子供たちには柔道のすばらしさというものを伝えていきたいなあと思ってます」と述べた。

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やはりそこは2020年に行われる東京オリンピックをまた違う道から目指して行くようですね。キャスター?監督?コーチ?野村忠宏ならどれでもできそうなイメージがありますから、だまだま私たちを楽しませてくれそうです。

元柔道のオリンピック選手の篠原信一さんと一緒にキャスターをする姿も見てみたいですね。そこのSMAPの中居くんが入れば…なんだか変なトリオですね。

でもやっぱり、オリンピックに関わっていきたと言うのならば監督ですよね。柔道選手なら引退後は必ず一度はなってみたいと思うはずです。篠原信一さんが日本代表の監督をやられていた時はボロボロでしたが、野村忠宏さんなら金メダルを量産してくれると思います。

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http://goldexperiencerequiem.com/85.html

 

格闘家への道の可能性は?

オリンピック選手や柔道家、力士の方々が引退後に格闘家への道を選ぶのは、もう時代が遅いですね。

以前は山本徳郁がレスリングから一転、山本"KID"徳郁と名前を変えプライドへ転身した事や、力士だった曙が引退後にK-1へ転身したり、柔道家の石井慧が引退して総合格闘家への転向したりした事がありましたが、野村忠宏さんは40歳という年齢を見てもその可能性は低いでしょう。

しかし彼も格闘家のひとりですから、引退後時間が経てば身体がうずきだしたりするかもしれませんね。

引退するとそういう話は普通に舞い込んでくるようですから、お金に目がくらむと、オリンピックにすら関われなくなってしまいますから、柔道1本道で進んでほしいですね。

とりあえずまずは家族とうっくり過ごしてください。将来を決めるのはそれからでも遅くないと思います。

野村忠宏の逸話

スポーツ選手となると普通に負けず嫌いだったり、その他にも様々な逸話がありますが野村忠宏さんの逸話も相当なものですよ。

  • 試合前に相手を研究しない主義
  • 集中力がずば抜けていて、大きな大会の本番に圧倒的な強さを発揮
  • 練習量が他の選手よりはるかに少ない
  • 試合中相手にポイントで大きくリードされていても、最後の数秒で大技一発で逆転したことが多数ある
  • 五輪で偉業を成し遂げながら、谷亮子選手と試合日がピタリと重なり、新聞の一面を一度も飾れなかった
  • 彼を知る柔道関係者全員に「真の天才」と言わしめた

「小さな巨人」野村忠宏 [柔道] All About

だいたいスポーツ選手は試合前には必ず相手の選手を研究して作戦を練るものだと思っていたんですが野村忠宏さんはまったく違うタイプだったんですね。

まさにガチンコバトルって感じですね。試合の中でその時の相手の調子を見ながらここぞという時に技を仕掛けていくんですね。いや〜生粋の柔道家ですね。

野村忠宏プロフィール

  • 氏名:野村 忠宏(のむら ただひろ)
  • 生年月日:1974年12月10日
  • 出身:奈良県北葛城郡広陵町
  • 高校:天理高校
  • 大学:天理大学 - 奈良教育大学大学院-弘前大学大学院(医学研究科博士課程)修了。
  • 所属:ミキハウス所属。柔道七段。得意技は背負投。身長164cm、体重62kg。
  • 1996年7月26日、アトランタオリンピックにて金メダル獲得日本人としては初めて金メダルを噛むポーズで写真に写る。
  • 2000年9月16日、シドニーオリンピックにて2連覇達成。柔道軽量級で史上初の快挙。
  • 2004年8月14日、アテネオリンピックにて3連覇達成。柔道史上初、全競技通してはアジア人初の偉業。日本の夏季オリンピック金メダル100個目の節目を達成。
野村忠宏 - Wikipedia