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SONOTA.NET.BLOG

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ひな祭りが祝日ではない理由は季節的要因と歴史的背景が原因!

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ご節句って知っていますか?まずは「人日(じんじつ)」 1月7日で七草の節句ですね。七草粥を食べます。続いては「上巳(じょうし)」 3月3日で桃の節句のひな祭り、「端午(たんご)」 5月5日の菖蒲の節句で、こどもの日ですね。次は「七夕(しちせき)」 7月7日の七夕(たなばた)、そして最後に「重陽(ちょうよう)」9月9日 の菊の節句です。

どれも季節の変わり目の行事で昔から日本人には馴染み深いものですが、なぜかこの仲で5月5日だけが祝日なんですね。

こどもの日が祝日なら、3月3日も祝日でもいいのになぁと思うのは私だけではないと思います。

いろいろ調べていたら祝日にならない理由が季節的な要因と歴史的背景にあるとわかりました。順を追ってみていきましょう。

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出典:雛人形と雛祭りの起源と歴史〜選ばれるお店の雛人形

江戸時代では秋のひな祭り

江戸時代には9月9日の重陽の節句に雛人形をもう一度飾る「後(のち)の節供」という飾る習慣があった。それに習い秋にも雛人形を飾る、一部地域が出てきている。

引用:Wikipedia

春と秋にひな祭りを行う地域がでてくると、祝日に制定されるのは少しむずかしくなってきますよね。

 

江戸時代に確率したひな祭り

江戸時代に「雛あそび」が節句としての「雛祭り」へと変わったのは天正年間以降のことであり、この時代から三月の節句の祓に雛祭りを行うようになったと推測されている。

引用:Wikipedia

ひな祭りの行事の起源は諸説あるのですが、具体的にいつ頃から始まったのかはまだ分かっていません。一説には平安時代の女の子雅な遊びごとから始まったとされている説もあります。 

 

3月3日が休日にならなかった季節的要因

江戸時代雛祭りは「五節句」のひとつとして「祝日として存在した」とされる。しかし、明治6年の新暦採用が「五節句(=雛祭り)」の祝日廃止となって、さらに戦後の祝日制定にあたり3月3日の案や、新年度の4月1日の案も出ていたが、最終的には5月5日の端午の節句を祝日(こどもの日)とする案が採用された。

北海道・東北をはじめ寒冷で気候の悪い地域の多い時期を避け、全国的に温暖な時期の5月にしたというのが大きな理由のひとつとされる。

引用:Wikipedia

明治6年(1873年)に、新暦(太陽暦・グレゴリオ暦)が採用された際、に全てのご節句の祝日が廃止されたそうです。

その後、国民からの要望などがあり、5月5日だけが祝日になったそうです。3月は東北地方や北海道ではまだ寒い時期が続いていて、中には3月にひな祭りを行わない県もあったそうです。

 

歴史的要因で3月にひな祭りが行えない地域

香川県三豊市の旧仁尾町では戦国時代に仁尾城が落城したのが旧暦3月3日であるという特殊事情のため、雛祭りは行われない。かわりに八朔に雛人形を飾る。

兵庫県たつの市御津町室津地区でも「八朔のひな祭り」と言って旧暦8月1日に行っていた。

引用:Wikipedia

こういう歴史的要因でひな祭りを行わない地域もあるんですね。香川県三豊市は人口約6万5千人の中国四国地方にある、瀬戸内海に突き抜けるような形をしたところです。

歴史的背景をもう一度見直して街の発展に繋げていこうという考えのもと、最近になり、町おこしの一貫で「八朔のひな祭り」が復活を遂げました。

 

まとめ

ということで季節的に見ても、全国で統一して3月3日のひな祭りを祝日にするのは少しむずかしいことがお分かり頂けたと思います。

そこに歴史的要因が加わってしまうと、更にむずかしいことだと思いました。特におもしろかったのが戦国時代に仁尾城が落城したのが旧暦3月3日であるという特殊事情ですね。これを知った市民はもう何も言えませんね。